普遍教育実践講座第259回「震災の多重苦・おまけに原発事故」

東京電力と政府は全被災者に責任を負うべきである。大型地震に続き、広範囲に及ぶ巨大津波と石油タンクの火災。そのうえ、大勢の人々が家族を失い、 寒さと飢えという多重苦の中で追い討ちをかけるように、原発事故が発生した。「屋内に避難しろ」とか「何キロメートル離れろ」などと簡単に言うが、被災し た状況で物資も足もないのである。何と非情なことを傷ついた人々に強いるのか。そもそも原子力発電は安全だと信じ込ませたのは東電と政府である。

今回の災害を「想定外」だと言うが、災害はいつも想定外のものである。原子力が人間の力で制御できないのなら、どんなことが起きても耐えうる構 造であってこそ「安全」だと言い切れる。我が国は被爆国であるにもかかわらず、決して頑丈とは言えない原子力発電所を作っていたことになる。

原発施設は、頑強な要塞であるべきであり、たとえミサイルが落ちても安全であるという程度が基準でなければならなかったのではないか。何でも想定の3倍の用心が必要だったはず。2倍は被爆国では無い国。日本は被爆国だから3倍である。

津波の高さが10メートルと想定した場合は、30メートルの高さの超頑丈なコンクリートを三重にして覆うべきであっただろう。過去の原発事故を 見ても制御は難しく、いかに人間が無力であるか。コンクリートで固めて鎮めたところで何百年たてば放射能の恐怖から逃れられるのか。多くの電力を必要とす る生活の便利さと引き換えに子孫に負の遺産をのこしてもいいのか。改めて考えなければならない。

また、マスコミの映像を見る毎に、憤りを感じたのは私だけだろうか。震災の事実、被災者の窮状を映すだけでなく、もっと有益な情報を流し一刻も 早く救助の手が差し伸べられるように図るべきである。被災地に多くの報道ヘリを飛ばせるなら、助けが必要な被災者と救援隊との橋渡しをするとか物資を少し でも届けるなどできないのか。取り残された人々の位置を知らせたり、取材した避難所で何が必要とされているのかを救援隊に知らせることが重要だ。

悲惨な状況は全国民がわかっている。何もかもをなくし悲嘆にくれている人たちにマイクを突きつけないでもらいたい。日本国民は自分にできることは何かと考え総力をあげようとしているのだから、そのために有益な情報を提示してもらいたいものだ。

そして、義援金として集まった額「入金数字の原本」と誰がどこに渡したかをハッキリ映像で示してもらいたい。募金団体の中には、高所得者の幹部 が湯水の如く寄付金を使用しているところもある、と聞いている。送金者の思いが、直接、被災者に届いている光景を見せてもらいたい。

これからは、政府も天下りに高給を払うくらいなら、安全性を高める費用に回すべきである。しかしながら、これが今の日本の姿。犠牲となられた人々を悼み、ご冥福をお祈りします。

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