この社会には、勲章や褒賞の種類がたくさんあり勲章年金などもある。それらが、趣味の延長線であるプロスポーツの世界や簡単に捉えれば「目立ちたが り」の芸能界の人間に与えられている。特に、多額な契約金を出し選手獲得するスポーツ界。丸い球ばかり追いかけているが頭の中身はどうなのかと疑う。
マスコミがもてはやし有頂天になっている芸能界とスポーツ界。一方では、まともに勉強して一流大学を出ても薄給から始まる会社勤め。就職が出来 ないことが多々ある現在。生活に追われる若者たちは、家庭を持つことさえできない。にもかかわらず、貧困が分からない政治家たちが、この上さらに消費税を 上げようとしている。まるで喜劇を見ているかのようだ。
そんな中で、国の心として本当に勲章を与えたい人達が存在する。あの名馬「オグリキャップ」の子馬が、初戦レースで骨折し薬殺寸前であった。た またま知ったある男性が「殺さないでくれ、私が世話して育てる」と言って10年が過ぎた。その男性は、今も広島の片田舎でその馬と暮らしている。彼は馬を 引き取るまで何も仕事をしておらず細々と生活していたが、その日から馬に食事を与えるため、決して若くはない今でも昼も夜も働いている。
また、終戦直後、孤児となって痩せ細った子供達が公園にいた。私の父が見付け、木炭トラックの荷台にその子供達を乗せ家に連れ帰った。我が家に も少量の食べ物しか無いのに、子供達を風呂に入れ、わずかな食事を与えた。父は、そのような事を頻繁に行った。お蔭で、私たち兄弟はひもじい日々を送った ものだ。
やがて、父は結核菌が肋膜に入り終戦から4年後に他界した。当時 3千円のペニシリンが買えなかったばかりに。46才の若死であった。彼らは、自らを犠牲にして他への思いやりを実践している。利益ばかり追い求める冒頭の 人間とは別世界の人間である。華やかな世界とは、かけ離れている。むしろ陽の当たらない路地裏のような人生だ。
しかし、このような真に優しい者へこそ、勲章を与えることが、まともな社会ではないだろうか。このような者を取り上げて褒賞の対象にと、繰り返 す国家が良い国づくりではないだろうか。理念や哲学を持たないから、取り上げるものがなく、スポーツや芸能で時間の空白を埋めているに過ぎない。きっと、 メデイアに優れた人材がいないのだろう。